01.22.13:18 [PR] |
08.23.12:09 これまた時期外れですが |
梅雨の長雨は鬱陶しいと言われるけれど、なくてもまた情緒のないもの。今年はしとしと露の降る日は少なく、ようやくそれが降ったその日、琴音は早速電話をとって友人に以前からの約束を果たそうと持ちかけたのだった。
「琴音ちゃん、濡れてない? ウフフ♪さぁ……どこいこっか?」
すらりと背の高い女性が、青の洒落た洋傘を手に琴音の隣を歩いている。大きな傘は細かく優しい雨に打たれてさらさらと音を立て続け、端から時折水滴をぽつぽつと垂らしては濡れた地面に重なり合う波紋を描き続けていた。
それは、琴音と異国の友人ヴィオレイン・ガーランズとの数ヶ月越しの約束だった。二人で傘を差して、ヴィオレインの知らない日本の「梅雨」と、その時に咲く紫陽花を見ながら散歩するのが。
その感想を聞くまでもなく、ヴィオレインは傍目にも浮き立っていた。最近仕立てたばかりの紅染めの和服をひらひら楽しそうに舞わせながら、それとよく似合った艶やかな紅色の唇に何とも無邪気な笑みを浮かべて琴音と言葉を交わす。
対する琴音は、落ち着いた藍染めの着物で穏やかに言葉を返していた。色や雰囲気や背の高さ、全てが好対照となってそれぞれを引き立て、行き交う人々はこの年齢どころか国籍さえ違う二人連れに、一体どんな組み合わせなのかと好奇心を交えた視線を向けていた。
「あの紫陽花、本当にキレイだね……あ、カタツムリもいるよ!」
今日までに紫陽花の写真をじっくり見てきたヴィオレインは、しかし、写真よりもなお美しい、細い雨の中でこそのその佇まいを見て目を輝かせた。自らの生まれた地のものを喜ばれ、自分の手柄ではないのだが琴音としても少しばかりくすぐったそうだった。
「ああ、水のにおいが濃い……今日はいい雨ですよ。だからほら、カタツムリも元気そうです」
「ウン……ボクの故郷みたいなにおいがするね。ちょうどこの雨も細くて霧みたい」
「異郷で故郷と似たところを見つけるのって、何となく嬉しいんですよね」
そう言っている間に足元に来た小さな水たまりを、琴音ははしゃいだ様子でちょんと飛び越える。その拍子に少し傘から飛び出して、雨がぽつぽつと彼女の顔を叩いた。それはとても柔らかく、そして温かな雨だった。
空も黒雲に覆われながらどこか白々として明るく、晴れではなくとも鬱陶しいどころか散歩に絶好の日和と言えた。
「……あら?いい匂いがしますね」
「うん、コーヒーの匂い……それもすごくいい匂い」
ふと漂い出した香ばしい匂いを辿って少し歩くと、路地の奥まったところに、蔦のからんだ煉瓦づくりの喫茶店があった。うっかりしていたら見落としてしまうような目立たない位置だ。
「……期せずして、霧だけじゃなくって煉瓦の家も揃いましたね?」
聞いていたヴィオレインの故郷の話を思い出して、琴音が楽しそうに笑う。
「ウン、入ってみようか!」
こちらも楽しそうに、ヴィオレインが古びた木のドアを開けた。からん……と音がして、年輩の男性の落ち着いた声と、先ほどよりなお濃厚なコーヒーの香りが二人を出迎えた。五つしかないテーブルのひとつにつき、二人はコーヒーとオレンジクッキー、それにハーブのシフォンケーキを頼んでゆったりと座る。
やがて運ばれて来たのは、趣味でやっているのであろうこんな目立たない店には相応しい、心の入った品々だった。
オレンジクッキーはオレンジピールが入ってほんのちょっと苦くて香り高く、シフォンケーキには濃い生クリームがたっぷり添えられて、コーヒーは舌に残らない爽やかな苦さと深い香ばしさ。
ひと噛みのたびにぱっと舌の上に流れ出す甘味や酸味、苦味と香りを、渋さと香ばしさがきゅうっと締めていく。それだけでも押さえられないくらいの幸福感なのに、窓からは雨がしとしとと蔦の葉を叩き水面に踊るのが見えて、身体がどこまでもくつろいで広がり、それは何とも散歩の休憩として完璧だった。
ついつい追加注文をしてしまい、長居をする内に休日の時間はゆっくりと心地よく流れて行ったのだった……。
やっぱり日本の梅雨は素敵…♪
2009年08月25日火
コンバンハ。
ドキドキしながら御邪魔します。
あのお散歩した日の梅雨ならではの景色と匂い、
喫茶店で味わったお菓子と珈琲の味が忘れられず
時間があればついついあの日の事を思い出して幸せ気分に浸ってしまいます♪
本当に素敵なSSを有難う!
また一緒にお散歩しようね…!
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