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02.10.11:38 戦争が終わって・アリス編 |
シンディ「我が妹ながら、本当にアリスはどうしようもナイわ。……でも、日本に来て少しましになったのかも知れないね。ようやく友達が増えるようになったから、さ」
ドガッ!バスッ、ドスッ、ズガガガガ……ドムンッ!
誰もいないトレーニングルームで、鈍い打撃音と鎖の軋む音が凄まじい勢いで響き渡っていた。
「SHIT!SHIT!GODDAMN……F」
一撃ごとに呪いの言葉を吐きながら、アリスはひたすらにサンドバッグを殴り、蹴り飛ばしていた。どれぐらい続けているのか、既に体は汗びっしょりで、いつも軽快な足運びは鉛のように重い。不意にずるりと足が滑り、彼女は無様に床にひっくり返った。そして起き上がろうともせずしばらく沈黙し、やがて床を拳でがんと叩く。
「クソッ……タレ!」
彼女の心にもまた、琴音と同じく深い傷が刻まれていた。戦争の恐怖は場慣れした彼女には全く影響を及ぼさなかったが、銀誓館の仲間やゴーストチェイサー達の死はアリスにとって琴音以上に痛烈だった。ヒーローになろうと志す彼女にとって、自分のものなら怪我は、いや死さえそれによって誰かが助かるのなら何ほどのことはない。他人の犠牲こそが耐えられない痛みなのだ。まして、彼女は人間以外の半分を持っていない。
どうしようもなかった、間に合わなかったのだからと理性は判断する。元々頭の回転が悪いわけではない、状況判断くらいは出来るのだ。だが、不可能を可能に出来なかったことを彼女の魂が許さない。ヒーローならかくあるべきだと、自分で自分を責め苛む。そして、どうして彼らは生きて報われなかったのかと、返らぬ問いを天に投げかける。勇者は悪を打ち倒し、悲しみを払い、そして幸せに暮らしました。そんなあるべき結末が、どうして御伽噺にこそ相応しいのか。
” 愛するものが危機に瀕している場合はしばしばこうならざるをえない。ほかの者達が持っていられるように誰かがそれを放棄し、失わなければならないのだ ”
「THE LORD OF THE RINGS」の一節だ。アリスが小さい頃からずっと大好きで、そして納得出来ない本。この言葉には確かに智慧がある。そして、人の尊い心をはらんだ言葉でもあると思う。しかし、それでもやはり彼女には許せない。全ての人には、やったことに相応しい報いが返るべきなのだ。皆のために戦ったヒーローなら皆と一緒に幸せになるべきだ。
この世界がどうかそうあって欲しいと願うから、彼女は親しんだ場所から何度引き離されようと、ゴーストや来訪者の存在を知らぬ友人から呪われようと、能力者として戦い続けて、自らを蝕み続ける妄念を解放し、貪欲な悪者を蹴り飛ばし、対立する道理を融和させようと言葉を尽くし、誰にも心配をかけないよう笑顔を保って来たのだ。だからこそ、目の前で立派なヒーロー達が悲しく死んで行くことは彼女の心を無力感と言う強烈な毒で満たす。それが自らの器をわきまえない傲慢であり、自ら道を選び取って大義に殉じた者への侮辱だとは分かっている。だから言葉にはけして出さないが、それでも心の底のざわめきまでは封じきれない。
まして今回の戦争は、その目標をとうに失った、存在意義の残っていない哀れな太古の兵器という「動く必要のなかったはずのもの」が主になって引き起こされている。そんなろくでもない戦いでどうして死者が出なければならなかったのか。
「Alice」
優しい声が、そんな彼女の苦悶を中断させた。
「Cyndi?」
身を起こせば、そこにはいつものように彼女の姉が立っていた。
「……本当に、いつでもボクの居場所はわかっちゃうんだね……」
「お姉さんだからねえ」
シンディはひざまずき、そっとアリスを引き起こして胸に優しく抱いた。
「意地っ張りな妹を、一人で放っておけないのよ」
既に小刻みに震えだしている妹の背を、姉は穏やかに叩く。誰よりも心の通じ合う姉の存在が、とうとう妹の涙の堰を切って落とした。大量の涙と爆発のような泣き声を、シンディの胸は静かに受け止める。
「アリス……ヒーローの死はね、悲しいけどとても美しいものなんだよ。その輝きは星になって、次の世代を天から導いてくれるの。天のたくさんの星に憧れて、人間は天を目指すの。そうやって、人間は昔から尊い心を受け継ぎ続けて来たんだよ。死は確かにとても悲しくて取り返しのつかないことだけど、終わりじゃないんだよ」
優しく語る姉に、アリスは鼻を詰まらせながら答える。
「みんなが星に辿り着けば、もう誰も導く苦労を背負わなくて済むはずだよ……ぉ」
「……あんたの望みは、人の身にはちょっと重過ぎるのよ。そんな無茶を言うくせに、誰にも頼ろうとしないし……この頑固者。見てて腹立ってくるわ」
傍にいて痛みを分け持つことは出来ても、この無茶に過ぎる理想を諦めさせることは出来ない。数え切れないほど繰り返した口論の果てに、シンディはそう悟っていた。でも、そんな妹だからこそ愛しくてたまらなかった。
「……ひとまず、我慢せずに泣いてすっきりしなさい。そんな有様じゃ、発揮できる力も発揮できない。ヒーローの役目、果たせないでしょ?」
処置なしの頑固妹の髪を丁寧に撫でてやりながら、シンディはそう言ったのだった。

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